日本人はどのように英語を学べばよいか?〜英語を学ぶ前に学び方を知っておこう
「たくさん話してたくさんコミュニケーションすれば自ずと上達してネイティヴ並みに話せるようになる。」私の場合それが全く通用しませんでした。基礎を固めてから応用に移行するのはどの分野でも同じ事ですが、私はこの基礎の定義を問題視しました。言語体系や文化背景の違う日本人の基礎と比較的似通った言語体系や文化背景を有する欧米人の基礎とでは大きな違いがあるということです。欧米の言葉のほとんどはSVO(C)の並びで形成されています。それに対して日本語や朝鮮語、ルーマニア語等はSO(C)Vの並びです。この相違は物の見方や表現方法、考え方に至るまで根底から覆します。 日本人にとっての基礎とはこの文法形態の相違によって生じる様々な違い日本語のそれとは全く持って勝手が違う言葉への接し方を理解することです。非英語圏の欧米人は文法の並びが同じなのでわざわざ一から文法を学ぶ必要はありません。それ故に聞く話す中心の学習方法が良いとされています。しかし普通の日本人にはこの欧米型の文法感が備わっていません。ですから聞く話す中心では欧米人のようには行かないのです。言ってみれば欧米人と同じスタートラインに立ってさえいないのにもかかわらず欧米型の学習方法を日本人が行っても効果が薄いという事です。
お世辞を真に受けてはならない!
交換留学や語学留学等で英語がそこそこ通じたからといって私はできるのだと勘違いしてはいけません。それはあなたを外国人として見ているから気にしていないだけで決して流暢だという意味ではないのです。「通じればいい」「文法はいらない」「楽しければそれでいい」という留学経験者がいたら恐らく現地で「外国人=客人」という身分で生活していたのでしょう。街で外国人に片言の日本語で道を尋ねられたとします。突然「シブ〜ヤ〜ドオコオウ!?」(渋谷どこ?)と聞かれてもそう悪い気はしないと思います。日本語が分からないながらも何とか話そうとしていると親切に行き方を教えるでしょう。しかし日本人に同じような口調で訊かれたらどうでしょうか。「失礼な人だ!」と憤るかもしれません。外国でも同じ事です。はるばる日本からやって来た外国人(日本人)の英語は不完全と承知の上で親身になってくれているだけなのです。
文法を知らないと幼児言葉と同じです
私は学生時代、文法学習が好きではありませんでした。だから机に向かって文法の勉強なんてした記憶がありません。その結果、勘違いしたり間違って覚えてきちんと理解せずに流れに乗って事を得た留学生活を送っていました。しかしそれでは社会で通用する英語を身に付けていない事に留学5年目にして自覚させられて愕然としました。それまでの感覚的に何となく見よう見まねで培った語学力では基礎文法も基礎構文も知らなかった。究極の片言で意思表示していたからです。文法も知らずに話すのはちょうど就学前の幼児と同レベルです。5年も英国にいながらいい歳をした大人が幼児言葉で生活をしていたのです。思い出してみて下さい。小学校に上がって国語というものに触れてそこで初めて言葉を学びます。それまで「ター坊」や「ヨッちゃん」等の愛称で通用していましたが小学生になるとフルネームを名乗る事を求められ先生には敬語で話す事を求められます。国語の授業で教科書を開いてきちんとした文章に触れます。本を読んで漢字を習って作文を書いてそれを添削されまた書く。こういった勉強を普通の日本人は最低9年間繰り返します。ですからここに書かれているこの文章も理解できるのです。もし小、中学校に行かなかった人がいれば普通の人と同じように日本語を理解できるでしょうか?教育を受けるチャンスが無くて文字が読めない文盲者がアメリカやフランス等の先進国にもいます。(日本の文盲率は0%)彼らと話すと大の大人でも幼稚な話し方をします。また語彙(ボキャブラリー)が極端に少ないため外国人の私の方が多くの語彙を有するのが分かります。学んで語彙を広げようにも学校へ行った事がない為学び方そのものを知らず上達のさせようがないのです。彼らは周りの人が話している言葉を聞いてそれを真似て話す乳幼児の方法でしか言葉を学ばなかったので自分の生活に関わる言葉しか知らないのです。相手の気持ちを察して言葉を選んだり自分の立場を考慮して言い方を丁寧にしようにもそういう事を知らないから出来ないのです。
なぜ文法は必要か?
幼児だと大人に対して無礼な言い方をしても許されますが大人はそうはいきません。当然の事ながら社会人ならどこの国に行っても節度とマナーが要求されます。私が15、6歳の時は幼児レベルそのもので到底自分の考えや意見を述べて相手を納得させられるレベルではなかったのです。片言英語をなんとか駆使して意思表示しているに過ぎなかったのです。当時はそこまで求められませんでしたからそのままズルズル5年の歳月が過ぎました。ですから20歳になっても私の語学力は英語を使って仕事なんてレベルではなかったのです。当然の事ながらアルバイト先を見つけるのも大変でした。それは日本語があまり話せない外国人に会社の電話対応や受付を任せるのと同じ事で怖くてできないと思います。それなのに英語がまともにできないのに雇ってくれと言うのは理屈に合わない。能力至上主義の西洋社会では当然の事ながら通用しませんでした。当時美容師を目指していた私は幸運にも理解ある現地経営者に恵まれて現地の美容院で働ける事となりました。美容師としての技術を磨く一方英語を一からやり直す羽目となりました。当時の語学力では電話応対すら出来ない有様で仕事になりませんでしたから当然です。同僚からはこの人使えないな〜と言う眼差しを向けられ惨めでした。友達との会話なら砕けた言い方でも何の問題もありません。しかしわざわざ足を運んでお金を払ってくれる顧客に対してはそうはいけません。職場では同僚の使う言葉を逐一書き留め、自宅では文法の教科書を開き基礎的な英文法とにらめっこです。「英語なんて文法を知らなくても通じる!」もしあなたがそう思っているならば将来きっと不利益を被るでしょう。私が身をもってそれを体験しました。
英語にも敬語があります!
日本語にあるように英語にも敬語に当たる言葉や表現はあります。言い方一つで相手を愉快にも不愉快にもできます。某有名ホテルで横柄な言葉使いしているホテルマンを見たことがあります。部外者ですがヒヤッとさせられました。 恐らくあのホテルマンは留学経験者でしょう。発音はとてもきれいなのですが言葉使いがとんでもない。基礎を疎かにして幼児レベルの語学力のまま帰国したとすぐ分かります。現地で通じて万事うまくいったと思っているのでしょうが外国人が話す不完全な英語だから聞き流されていただけなのですね。「シブ〜ヤ〜ドオコオ〜?」という外国人に対して「それ違うんだよな」といちいち説教する人はまずいないと思います。路上で日本語教えるなんて面倒臭いですからね(笑) |